継続できない善い行いは周りを不幸にすることがある。

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イトダイ
こんにちは 北海道に移住し転職したがブラック企業で転職失敗し、再転職で採用担当になったイトガダイゴです。

今日は継続できない良い行いは周りを不幸にすることがあるよという話をしたいと思います。

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善意でやるって、良いことだよね…?

一般的に言って、「相手のために!相手のため!を思って何かをしてあげたい みたいな事ってとてもいいことだ!」として捉えられているんですけども、もし続けられないのであれば不幸になっちゃうよと。みんなが困ってしまいますよっていう話です。

例えばなんですけど、全員に締めのデザートをあげている居酒屋があったとします。で、お客さんは喜んでデザートを食べている。「サービスがいいよね!」と言って食べているとしますよね。

その裏側で、実はデザートはお店がお金をかけて出しているわけじゃなくって、自主的にオーナーが持ってきたデザート。だとします。

それで、お客さんに配って楽しませようとしているとします。飲食店もサービス向上になるし、お客さんも満足する。メチャクチャいいサービスですよね。

 

でも、オーナーが気分が変わって、もしくはデザートを作るのをやめてしまった時、どうなるでしょう?

続けられなくなってしまうと、お客さんとしてはどう思うでしょう?

 

今まではサービスでデザートが食べられたのに、急に「デザートは今後出ません」みたいなことになるわけです。

そうなると、お客さんは今まで自分が貰っていた権利がなくなってしまうと感じてしまうわけですね。

「なんで、今までのようにデザートがサービスじゃないんだ!!」と怒ってしまうくらい満足度は下がってしまうわけです。

じゃあ、「今までやっていたサービスだから今度はお店としてサービスとして提供しましょう」となっちゃうと、当然お店のコストは上がってしまいます。

逆に、「いまはお店がコストがかかるんで出せないです、すいません。。」ってなった時は、お客さんからしたら我慢をしてくださいっていうことになるので、お客さんの満足度も下がってしまいます、と。

結果、いいことをしたつもりでデザートを出したんですけど、結果的に全員が不幸になっちゃう。みたいなことが世の中には沢山あったりします。

個人の善意をあえて止める企業もある

こういった特殊なサービス品質向上を止めさせる = 基準値を設けるという事例もあったりします。

例えば、日本交通とかがそうですね。

タクシー会社なんですけれども、車内にマットを敷いたりとか自主的に何かサービスをするというのを禁止しているというルールがあるんですね。

タクシードライバーの裁量でサービスの基準を上げないようにするというルールということですね。一見すると、サービス業においてオカシイと感じてしまいますよね。

 

こうすることで、

「この前はサービスがめちゃくちゃ良かったのに、今回はサービスが悪いなー」って感じることを防ぐわけです。

なので、そういう個人による、良い行いを特殊なサービスを一切させずに、サービスを標準化させていくというのが日本交通なんですね

こういった事例は、他業界や他の職種でもどんどん広がっていくと思っています。

 

例えば、携帯会社に問い合わせをした時とかに

「この前は素晴らしい対応をしてくれたオペレーターさんだったけど、次かけた時に全然 的を得ない回答をしてくるオペレーターさんだった」

そんなこと日常でいくらでもありますよね。

そういったサービスのばらつきというのを、なるべく均一化・標準化していくというのが、企業の今後の流れになるんじゃないかなと思います。

 

そんな感じで、誰かが特別高いサービスを良かれと思って提供してしまうと、お客さんも提供側も困ってしまうというのはよくあるんじゃないかなと思いました。

ということで、まとめると基本的には会社のサービスレベルを逸脱した高いサービスをやってしまうと、自分だけ気持ちよくなってしまうだけで、他の人は全員困ってしまうよということがあるので注意しましょうということです。

 

ボランティア活動は本当に難しいことだと思う

で、最近だと、よく言われているのが「与える人(=Giver) になりましょう!」と。

「どんどん与えられる存在になっていくと、自分自身に良いことが返ってきますよ」みたいな話を聞くと思うんです。

鵜呑みにして、この人に一時的に親切で何かをしてあげよう。とか みんなやりがちなんですけれども、一時的にそういうことをしてしまうと全体が壊れて行ってしまって、結果的に全員が損をしてしまうというのはめちゃくちゃよくある話なので、注意した方がいいかなと思います。

 

気持ちはめちゃくちゃ分かりますよね。自分はすごくいいことをやって、感謝もされるし、すごいねって言われるんで。

「良いことをしよう!」とどんどん思ってしまうんですね

でも、自分の周り・全体の幸せを考えられていないということの裏返しとも言えるわけです。

 

なので、短期的にすごいいいことをやったとしても、長期的にできなければ困る人というのはたくさん出てくるので何か新しいサービスを始めるとか、満足度を上げるようなことをするときには、この点を注意していくといいかなと思います。

 

さっきは、企業の例でしたけれども。例えばボランティアもよくある話ですよね。

例えば、海外ボランティア。(くれぐれもボランティアが悪いと言う話じゃないですよ)

海外ボランティアは継続的に活動を続けているし、世界には様々な地域でボランティアを必要としているところがあります。

ですが、その地域に継続的にボランティアができるかどうか。というのは、ボランティアされる側の地域にとってもすごく重要なんですね。

例えば「水道がない地域に水道を建設しましょう」となった時。実際には水道をメンテナンスする必要もありますよね?

最初は水道を作ったことに対して、すごく感謝されるので高揚感というか、ボランティアした側にも満足感があるんですね。でも継続的に地域に出向いてメンテナンスをしていくのは、満足感と言う面で、正直不可能なんじゃないかなと思っています。

なぜなら、新しく水道を作った方が感謝される量が増えてしまうからですね。

すでに水道を作った地域の人はメンテナンスということになるので、満足というよりはそれが普通になってしまっている。メンテナンスできなくなった時には、不満になってしまうわけです。

そうなると、ボランティアする側にとっても不満を普通に戻す作業になるので、あまりメリットがなくなってくる。結果的に行かなくなっていく。
そんな図式になってるんじゃないかなと思います。

というわけで継続できない良い行いは周りを不幸にすることがあるよという話をしてみました。

テレビのニュースやネットのニュースを見ると、ネガティブな記事が多く出回ってはいますが、実際世の中にはいい人って多いですよね。

その人たちがボランティア精神でいいことをやるっていうのは、本当に素晴らしいことだと思うんです。けれども、継続的にできるかどうかという点を無視してしまうと、結果的に周りの人たちを不幸にしてしまうということも全然起き得る話なので。

本当に気をつけて、必ず継続できる小さい善いことが、結果的にみんなの幸せは増えるかなあということでした。ではまた。

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